田舎移住に失敗しまして。~田舎に来たけど都会に帰ります~

田舎移住に失敗した人の雑記ブログです。Twitterはプロフから!

【日記の次】雑記記事の前にルポルタージュはいかがでしょう?

f:id:hitsujinomeeta2:20200210125333p:image

今回は田舎暮らしに全く関係ないお話よー。

 

 

 

ブログを書いていると「日記記事はいけない」みたいな話をよく目にするのだけれど。

 

 

 

日記を趣味で公開するなら良いのだけれど、人を集めるには向かないよ、という話。

 

 

 

そして雑記記事とかまとめやノウハウに移ろうとして挫折しちゃう人も多いらしい。

 

 

 

で、ちょっと思ったことがあったので記事にします。

 


ルポルタージュ、いかがでしょう?」

 


ルポルタージュって何?

ルポルタージュで調べたら「現地報告」とか出てくる。

 


客観的に詳細に。

体験したこと、取材したことを綴っていくのがルポルタージュという感じ。

 

 

 

イメージが湧きづらいなら世の中に数多あるルポ漫画みたいなのを思い返したらいいと思うの。

 

 

 

個人的な意見に過ぎない提案だけれど、日記は書けるという人はルポルタージュ形式も使ったらいいんじゃない?と感じたりするんだよね。

 


日記との違い。

個人の見解だけれど日記とルポルタージュの大きな違いは視点が自分にあるか、他人にあるか、だと思うんですよ。

 

 

 

思い出した視点を自分用にまとめるのが日記。

体験したことを第三者追体験出来る様にまとめていくのがルポルタージュ

 


日記記事だと、人間関係等 自分しかしらない情報も出てくるけれど、ルポルタージュだと「この記事で初めて自分の記事を読む人」にもわかるような書き方が必要になったりする。

 

 

 

いきなりまとめやノウハウに走るよりもよくない?

そもそも、何故突然「日記からルポルタージしてみたら?」とか言い始めたのかと言いますと。

 


有名ブロガーやブログ論をまとめている人達の「日記ブログは集客できない」みたいな情報を見て、何かしらのノウハウやまとめに走っていなくなる初心者ブロガーさんを度々見かけたからなの。

 

 

 

私自身、この記事を書いている段階ではブログを初めて半年くらいだし、本当に趣味でやっているレベルだからとやかく言う資格もないのだけれど。

 

 

 

無理して「なんか違う」という違和感の中でブログを書いて潰れてしまうよりは、今できている「日記」を武器にして視点だけ変えたらいいんじゃないのかなー、とふと感じたんですよ。

 

 

 

漫画を中心にウケてる人もいるジャンルな割にブログだと意外と少ないなー、とも感じたので。

 

 

 

なによりも「体験を発信できる形に加工する」とか「第三者追体験出来ることを考える」って高度なことだし、メリットも多いとも思うの。

 

 

 

少なくとも自分の中でいつでも引っ張りだせる程度には整理ができるし。

 


客観視だってできるじゃない。

 

 

 

てなわけで。

ブログ初心者が、ふと感じたレベルのご提案なのだけれど。

 

 

 

まとめてみたよー。

【つらさ対策】生きるのがつらい人は義務感にやられているという話。

f:id:hitsujinomeeta2:20200206114248p:image

激務が嫌になった結果、勢い余って田舎に移住した私です。

 

Twitterで、しんどそうな人を見かけまして。

 

読んでもらえるかはわからないけれど、伝えたいことがあって記事にします。

 

昔の自分を見ているようだったので。

 

義務感との付き合い方で自責癖は随分と変わるんだ。

 


過度の義務感は人生を辛くする。

責任感があるのは良いことなのだけれど、義務感が強すぎると生きるのがしんどくなるんだ。

 

「〜でなければならない」という感覚。


例えば。

  • ノルマは必ず達成しなければならない。
  • お客様への対応はすぐにしなければならない。
  • 社内でのコミュニケーションは円滑にしなければならない。
  • 書類はきれいに整えて作らなければならない。

 


とかいうのもある意味で「義務感」

「やらないといけない」という感覚だよね。

 

 

 

上の例を見ると「社会人なら当たり前」と思う人も多いと思うの。

 


でも、少しだけ付け加えるとまるで意味が変わってくるんだ。

 

 

  • 「実現不可能なものでも」ノルマは必ず達成しなければならない。
  • 「仕事がパンク状態でも」お客様への対応はすぐにしなければならない。
  • 「どんなに合わない人とでも」社内でのコミュニケーションは円滑にしなければならない。
  • 「作り方は教えてもらえないけど」書類はきれいに整えて作らなければならない。

 

 

さて、どうでしょう?

一つ条件を加えるだけで一気にストレスフルになったと思いませんか?

 

そして、どれもよくある話なのが恐ろしいところ。

 

世の中には正論で義務感を煽る人がいます。

赤字で追加したような状況を無視して「社会人として当たり前」とか、正論でぶん殴ってくるようなタイプの人です。

 

 

そして、他人に対して煽ってくる人がいるのと同じように「自分に対して」義務感を煽って追い詰められる人もいるんですよ。

 

 

 

「自分はこんなことも出来ない」とか「周りに迷惑をかけている」と感じで辛くなってしまう人には考えて欲しいんです。

 

 

 

本当に自分が辛く感じている様な状況や評価の中にいるのか?

 

 

 

悪いのは自分ではなく、条件や環境なのではないかと疑って欲しいんですよ。

 

 

 

まずは気付きましょう。

「楽な気持ちで生きる」ための対策とかノウハウ的な話もあるのだけれど。

 


そもそものお話として「自分を責める考え方をしている」ことに気がつかないとどうしようもない。

 


激務でぶっ倒れたことがあるから言うけれど「義務感」に支配されていると環境や状況を疑うことが出来ないんです。

 

 

 

「出来ない自分が悪いだけ」という思考に嵌る。

 


だから「自分の考え方の偏り」に気づくことがまずは大切だと思うんですよ。

 


今回は具体的な話はないのだけれど、誰かが「生きるつらさ」に気づいて抜け出すための助けになればいいなー、と思います。

 


ではー。

【Uターン】とある家庭の都会回帰【Oターン】

f:id:hitsujinomeeta2:20200204211231p:image

このブログで割と読まれているのがOターン関連の記事です。

 


当時は都会から田舎、田舎から都会の引越し予定だったので正しくはUなんですが間違えてました。

 

 

 

と、言いながらも都会から田舎に来て、都会に戻るという部分は共通です。

 


田舎から都会に戻る情報はあまりないので、引き続き「Oターン」をタイトルとかに入れていこうと思います。

 

というか、家族会議の結果嫁ターンする事になったので最早、Uターンでもないんです。

 

冒頭画像みたいな感じで話し合いました。

 

 

 

 

さて、本題。

今回は一つの例として、我が家が都会に戻るための計画をまとめていくよ。

 

 

 

もし田舎から都会に戻る人がいたら参考になれば

嬉しいよ!

 


ぶっちゃけスケジュール

もう本当に何も隠さずに言いますが、こんな感じで動きます。

 

 

  • 3月:書類選考応募開始
  • 4月:嫁と子供が引越し(実家に帰る)
  • 〜6月:内定目標
  • 6〜7月:転職

 


理想としてはこんな感じ。

 


ボーナス貰ったらすぐ辞める予定です。

 


嫁ターンを決心したので嫁の実家を頼れるのが結構大きいです。

 


子供が幼稚園に入る歳になるので、先に嫁と子供に引っ越してもらって見学会に参加してもらいます。

 


更に新居選びも任せます。

 


不安の種

で、理想のスケジュールは先述の通りなんですが不安の種が結構あります。

 

 

 


このあたりが特に大きいです。

 


スケジュール通りに行くのか、は内定が取れるかという問題の他に自分が仕事選び出来るかも含みます。

 

 

 

新型コロナウイルスとオリンピックは結構、痛いところです。

 

 

 

もうどうなるかわかりませんので。

 

 

 

とまあ、そんな感じ。

という流れで今後、嫁ターンを進めていくのです。

 


進めながらネタにもしていくので、お楽しみに?

【グッバイ田舎】都会Uターンを本格的に始めます。

f:id:hitsujinomeeta2:20200203202743p:image

「田舎移住に失敗しまして」と公言している通り、田舎移住に失敗しています。

 

 

 

と、言うわけで田舎から都会に戻る予定があります。

 

 

 

そろそろ本格的に都会Uターンを考える時期になってきたので、記事にしてみようと思います。

 

 

 

「ただ都会に戻れば良い」とは言えない。

とりあえず「都会に戻る」となるとあれこれ考えないといけないのですが。

 

 

  • どこに住むか?
  • どんな仕事をするか?
  • 幼稚園とか子育て関係をどうするか?
  • ライフスタイルをどうしよう?

 

 

 

とか。

 


ただでさえ、長距離の引越しで心理的なハードルや金銭的なハードルも高いのに、更に悩み事は多いのです。

 

 

 

特に私の場合は田舎暮らしに特に不満がないけれど家庭の意思決定として都会に戻るので「仕事とか何しようか」と結構悩みます。

 

 

 

田舎に来たからこそ悩む事もある。

あとは田舎に来たからこそ、都会への戻り方を悩んだりもします。

 


元々、都会で激務に嫌気がさして田舎移住をしました。

 

 

 

通勤も自家用車になって毎月100時間以上だった残業も1/3以下にはなりました。

 

 

 

それなりにゆったり暮らしているからこそ「みっちり働かないと生きていけない」という価値観に疑問を感じるようになりました。

 


逆に田舎で衰退していく地域や産業もたくさん目にしてきたので「今後の将来性」を考慮してポジションを取らないと「将来的にかなり危ういのでは?」とも思うようになりました。

 

 

 

要は田舎暮らしで「無理せずに働ける」かつ「将来性のある市場や働き方」を探すべき、という価値観になったわけです。

 


ただ、このあたりは見極めが難しい。

更に、自分のキャリアでどれだけの選択肢があるかも問題なのです。

 


正直、以前都会で内定取れたのに自分の中で折り合いが付かずに辞退してますし。

 


視点が広がったからこそ出てくる悩みも結構深いものがあります。

 

 

 

当面のブログについて。

てなわけで、田舎暮らしというよりも。

今後は「田舎から都会に戻る」を意識したネタが増えるかと思います。

 


そんなこんなで少し方向性は変わって行きますが、引き続きよろしくお願いしますー。

【働き方改革】本来の論点は「労働環境の適正化」だという私見

f:id:hitsujinomeeta2:20200107202853p:image

都会の激務に疲弊して田舎移住をしました。

 


仕事柄、「顧客の仕事を楽にする」という論点での話を度々します。

 


すると「今って何か言えばパワハラになる」という話が5回に1回は出てきます。

 


個人的に感じた違和感の正体について掘り下げてみたいと思います。

 


「労働環境を整える」という事

働き方改革で連想される事はなんですか?

 


よくある話だと

  • 残業削減
  • パワハラ撲滅
  • 仕事の効率化
  • 福利厚生の拡充
  • 人間関係の改善

 


あたりではないでしょうか?

 


実際に提案訪問するとよく出てくるキーワードです。

 

 

 

確かに労働環境の改善においては大切な事だと思います。

 


一方で「無条件で環境だけ緩くすればいい」かと言えば間違いだとも思います。

 


何故なら、基本的には「給料は労働の対価」だから。

 


やる気のない社員に合わせてプレッシャーを下げるだけの「なあなあな環境」を作るのは対価の関係を崩すものだと私は考えます。

 


極端な話で例えると「勤務態度や成績は関係なく、社員を養うよ」という方向性を出したとして効果は上がるでしょうか?

 

 

 

おそらく、モチベーションの低いぶら下がり社員が増えるだけだと思います。

 


そして、現代の働き方改革に取り組む企業の内、一定数は「効果測定」を蔑ろにして「なあなあな環境」を作る方向に施策を打っているようにも思います。

 


働き方改革」とは労働環境の適正化を指す。

個人的な意見としては「働き方改革」とは「労働環境の適正化」を指す取り組みであるべきだと考えます。

 


会社が社員に効率化や生産性の向上を求めるのであれば、改善をするための環境を整備するべき。

 


また、労働者側も「環境の改善」を求めるのであれば要求に見合う努力を見せるべき、だと考えます。

 


発給激務でサービス残業まみれのブラック企業では会社側に問題がありますが。

 


給料の対価たる労働に意識の低い労働者が「不相応な」待遇を求めるのにも問題があります。

 


現実問題、どうなんだ。

で、実際の取り組みを見てみるとどうでしょう?

 


効率化や生産性の向上を求めながら、現場で改善のネックになっている要因の解決に対して投資をしない会社がいくらでもあります。

 


「社員に要求はすれど、環境は用意しない」

 

という状況。

結果、現場の労働者の納得感が下がり、モチベーションが低下する。

 


現場に起きた問題を叱咤激励で改善しようとするも、更なるモチベーションの低下を引き起こす、という負のループに入り込む。

 

 

 

一方では一律の残業削減によって本来やるべき業務を蔑ろにする社員も存在する。

 


これって働き方改革の意味があるのでしょうか?

 

 

 

会社は労働者に対して求める生産性を実現する必要があるし、労働者は会社が準備した待遇に見合う働き方をする必要があると思います。

 

 

 

要は「労働と待遇が釣り合う」様に環境と労働内容を最適化する取り組みこそが必要だと思うのです。

 


緩く、厳しくは使い分け。

結論、働く条件の厳しい、緩いは仕事内容に応じて使い分けるべきで「甘くすれば良い」わけではないんですよね。

 

 

 

高給激務な仕事があっても良い。

 


ただ、「成果に関係のない」とか「成果を妨げる」理不尽は是正しなければいけない。

 

 

 

営業で例えるなら「売上を上げろ」というのなら「売上を確保するための時間」等 リソースは確保されるべきだし「売上を上げる」ための思考時間は確保される環境であるべきです。

 

 

 

今、身の回りやニュースを見ると「環境を与えずに生産性向上を求める会社」と「成果や努力を鑑みずに対価を望む労働者」によって働き方改革は上手く進んでいない、と感じてなりません。

そして、違和感になっているのだと。

 

終わりに

今回は賛否両論あろうと思いますが個人の見解で書いてみました。

 


どうでしょう?

ここまで読んで頂けた方は何を感じますか?

 

 

 

ケースバイケースで最適解と言うのはなかなか難しいかもしれません。

 

 

 

ですが、私としてはこれだけ「働き方改革」が叫ばれる世の中では「最適化」の時点で進める会社と労働者が増えたらいいな、と感じます。

【終身雇用】終身雇用から考える「入社後3年は同じ会社にいるべき」という価値観の意味。

f:id:hitsujinomeeta2:20191223185459p:image

会社に入ったら「3年は続けるべき」という価値観が世の中にはあるよね。

 


今回は「何故、3年は続けるべき」という価値観が世の中にあるのかを「雇用の現状」から考えていくよー。

 


結論「終身雇用」の考え方が多数派だから。

一社で経歴を積む事が重要視される理由を端的に述べるなら、まだまだ「終身雇用が世の中で一般的な価値観だから」だと考えます。

 

 

 

まずは価値観のベースとして「終身雇用」について考えていくよ。

 


終身雇用って何?

実は日本の終身雇用って意外と歴史が浅いんです。

 


原型は戦前から戦中に出来てきて、広まったのは戦後です。

 


もともと日本って労働者の流動性が結構あったんですよね。

 


だからスキルを身につけた人達はどんどんと転職してました。

 


そこで、困るのが会社。

せっかく労力を掛けて戦力を育てて、頭数を揃えても他の会社に移られるのではたまったもんじゃない。

 

 

 

更に高度経済成長期には会社の経済活動を支えるために多くの労働力を確保する必要が増していきます。

 

 

 

そんな中で人を繋ぎとめるために会社が始めたのが「定期昇給」や「退職金」を盛り込んだ「長期雇用の促進」だったんだ。

 


結果、国の後押しもあって今では「長く同じ会社に勤めるべき」という価値観が形成されたんだよね。

 

 

 

つまり「終身雇用」は「長年働いてほしい」というのは会社の都合から始まっている。

 


でも、世の中の多くの会社で「終身雇用」が制度化されたので現在では「長期で働いてくれる人」が当たり前の様に増えた。

 


結果「長期で働いてくれる」という期待が一般化して「社歴の長さ」が評価される世の中になったと推測するよ。

 


今は「現実と価値観が乖離し始めた」過渡期。

最近は「終身雇用の崩壊」だとか言われて「労働を流動化すべき」なんて考え方も広がってきたよね。

 


先に述べたとおりで「長期雇用は会社の都合から生まれた価値観」なんです。

 


しかし、現代では世の中の変化の速さや技術革新で「長期で働く」事自体が保証されなくなってきました。

 


長く働く大前提は「会社が長期で働く場である事」なのだけれど。

 


自動化や事業の変化で、この先必要になる人員が不明確になってきて。

 


更には会社の存続自体も怪しくなってきていると言われます。

 


現実的には労働者側からは危なくなってきたら「転職出来る事」がリスクヘッジになるけれど、世の中の価値観はまだ「長期雇用」を前提としている。

 


結果「転職は当たり前」と言いながら「長期雇用を前提とする求人が多い」ので、二つの価値観が乖離してきているのが現代社会だと思います。

 

 

これからの転職は何を気にしたらいいの?

そんな「過渡期」にあたる時代で「どんな転職をしたらいいのか?」

 


個人の見解ですが「長期でいる事も視野に入れながら、自分の市場価値をあげられる仕事」が理想型だと思います。

 


何故なら、まだ「転職は当たり前」と言えるほどに世間の価値観が変化し切っていないから。

 

確かに今、上向きの業界を渡り歩けば先行者利益を取れる可能性はあります。

 

 

現段階だと大手の安定した会社ほど「長期で働いてくれる事」を期待して採用者を決めています。

 


だから「スキルや市場価値を求めて」転職を前提とする仕事選びをするには、まだリスクがある世の中なのだと感じています。

 

 

 

ならば「長期でいてもキャリアを築けて、辞めようと思えば辞められる状態」が一番リスクの少ない選択だと私は思います。

 

 

 

今すべきことは何?

先が見えない世の中で今すべき事は「キャリアの棚卸し」だと私は思います。

 

 

 

要は他の会社で転用出来る武器を普段から持って「現職で磨いて増やす」のが誰にでも出来る第一歩かな、と思うのです。

 


この先の雇用が保証されない。

いつ今の会社から放り出されるかわからない。

 


でも、まだしばらくは現職に留まれるし、この先も留まれるかもしれない、という状況。

 

 

 

ならば、まだ今の会社にいる事も出来る状況で「いつでも次に行けるステータスを身につける」のが良いかと思います。

 

 

 

まだ、しばらくは社歴も選考要素になる事が予想出来るので社歴というステータスを積み上げながら、次の武器を磨くのが良いのかと思います。

 

 

 

 


とまあ、最近転職活動でベンチャーも大手も受けた感想を踏まえてまとめてみました。

 


正直な感想を述べると「大手」と「安定業界」の会社はやっぱり社歴に言及してきた感じはあります。

 

 

 

ベンチャーは聞いては来るけど掘り下げは浅かった印象でした。

 

 

 

会社や業界にもよるのでしょうが感じた事を素直にまとめてみましたよー。

【歴史】今となっては当たり前の「株式会社」を大航海時代に遡って見てみる。

f:id:hitsujinomeeta2:20191220213945p:image

こんなツイートをしまして。


リプをもらえて嬉しかったので記事にしてみました。

 


社会人の方はどんな組織で働いていますか?

 

 

 

ほとんどの人は「株式会社」で働いているのではないでしょうか?

 


今更、当たり前の様にありふれている株式会社の成り立ちや仕組みをざっくりとまとめるよー。

 

 

 

時は大航海時代に遡る。

そもそものお話として「何で会社ってあるんだろう」というお話をしますね。

 

 

 

主に「経営面の都合」です。

 


ずーっと歴史を遡ると。

物々交換の時代から「個人対個人」での商売が始まります。

 


でも個人対個人だとお互いに持っているものしか交換が出来ないんですよ。

 


貨幣社会でも「個人の資本」が取引で使える一つの上限値になります。

 


そこで商人達は寄り集まって組織を作ります。

 


みんなで持ち寄った資本で取引が出来る様になり、取引規模が拡大します。

 


規模の力で儲けの上限値も上がりました。

 

 

 

それでも商人達は更に儲けたいと思います。

 


儲けるためにはどうするか?

 

 

 

「資本」を集めて「経営に向いた人」に儲けて貰えば良いのです。

 


経営能力が高くても十分な資本がない人もいたわけです。

 


てなわけで、「資本」をいろいろな人から集めて「経営者」に任せて儲けてもらう初期の会社の仕組みが出来ました。

 

 

 

でも、まだまだ儲けたいと思います。

まだまだ仕組みには問題がありました。

 


それは「個人の責任が大きい」事と「出資する側にもそれなりの資本が必要」という事です。

 


株式会社の原型は大航海時代あたりに出来ます。

 


香辛料や金等、儲けのタネになるものが海の向こうにある。

 


でも、それらを手に入れるためには莫大な資金と危険を冒して海へ繰り出さなければならない。

 


多くの人にとっては現実的な選択肢ではないんですよ。

 


一方で一獲千金を狙って海に繰り出したい。

でもお金がない、という人もいました。

 

 

 

利害一致。

 

 

 

海に繰り出したい人に出資して儲けを期待する仕組みが出来上がります。

 


この時により多くのお金を集めるために都合が良かったのが「少額資本の収集」と「責任の分離」です。

 


たとえば日本人全員から1円ずつ貰えば億を超える様に「小さい資本」でも集めたらそれなりに大きな金額になりますよね。

 


みんなが1円ずつ持っているよりも集めて1億円にして活用した方が利益も出しやすいんですよ。

 

 

 

だから「小さな額」でも出資出来る様な仕組みが出来ました。

 


そして、出資者を募るのに有効なもう一つの要素が「リスクの最小化」

 


例えば、航海が失敗して莫大な負債が発生したとして。

出資者にも債権者から「金返せ!」と莫大な請求が来るのではリスクが大きくて出資者は集まりません。

 

 

 

だから「責任を限定する」形になりました。

最初に出資した額を限度とする「有限責任」と債権者から直接に請求を食らわない「間接責任」

 


という考え方が出来ました。

 


要は「経営が破綻しても出資したお金が返ってこない」という形で出資者は責任を取ります。

 


債権者は会社にしか責任追求が出来ないし、出資者は会社に出資した限度でしか責任がないんですよね。

 


この「間接的」で「有限な」責任の下に出資した会社の持ち主達が「株主」です。

 

 

 

イメージは会社がマンションで株主の持つ権利である「株式」がマンションの一室。

 


大きな会社の持分をいろんな人が持っているイメージです。

 

 

 

起業経験者が「失敗したら0になるだけ」と言う理由はあくまでも「会社」と「個人」は責任が分離しているから、です。

 

 

 

自宅や自分の財産を借り入れの担保にしなければ、株式会社を破産させても自分の財産は守られます。

 


出資額がパァになるだけです。

 

 

 

とまあ、こんな感じで「資本を準備する人」と「経営をする人」を分けて限られたリソースをフル活用しようとしたのが「株式会社」的な組織の成り立ちです。

 

 

 

ちなみにジョブズのイメージか強いアップルでさえジョブズは6代目CEOで初代はマイケル・スコットです。

 

 

 

適材適所、という事で役割分担をして生産性を最大化する仕組みなわけです。

 

 

 

社員と従業員の違い。

おまけの小話。

社員と従業員って実は意味合いが全く違います。

 


法律的には社員は会社の構成員を指します。

例えば株主とかね。

 


で、従業員は雇用されている人です。

 


言い方を変えると

社員=会社の持ち主。オーナー。

従業員=労働力を会社に買われている人。

 


ね?かなり意味合いが違うんですよ。

 

 

 

まあ、日常生活で使い分ける必要はないんですが。

 


最後に。

本当にざっくりと。

ニュアンスで伝わる様に記事にしたので正確ではない部分も多々あります。

 

成立時期とか詳細な流れとか。


「株式会社」自体も日本の制度と呼び方なので各国で制度も呼び名も違います。

 


まあ、大きな流れでは合ってるかと思います。

詳しく書きすぎると固すぎてつまらないし。

 


もし反響があれば「終身雇用ってなんなの?」とか「会社の上場と公開ってなんか違うの?」とか。

 


借金で身ぐるみ剥がされるパターンとか。


子供が親をクビにする方法(親権的な意味で)とか。

 


ざっくりとでよろしければまとめてみようかなー、と思ったりはします。